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詐病 「パタンコ待ち」 45年ほど前の 「文学界」 

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うろ覚えだか、たしか45年ほど前だったか、文芸雑誌「文学界」に掲載された、
「大西…」( 失礼、名前は忘れています )
氏の小説、
「パタンコ待ち」
死刑囚が詐病で刑の執行を遅らせようとする、その活動を克明に描いていて、読んだ小生はビックラこいた。
そのひとつとして、ある人は、自らの排泄物を口に入れたり、壁に塗りたくる。
生存意欲極まれりで、もちろんこの事態を誰もが非難できない。
なぜなら、
「生きる活動」
だから。

小生がもし死刑囚なら、同じことをするだろうか ?
きっと、できないと思う。
生きる活動にこそ正義の根拠があることを、自分に言い聞かせても、諦念が先立ち、萎えてしまい、堕してしまい、そこまでの闘争心はないだろうから。

「パタンコ」
の意味、もうお分かりですね、今は電気で…薬物で…? 小生は知らない。

ついでに、偉そうに博識ぶりを披露します。
二十年ほど前、東京大学の入学試験に出た文章で、こんなのがあった。
要約しますが、なにせ記憶が薄い状態で、正確かどうかは分からない。

死刑執行官はその刑務所に属する公務員全員であり、誰が直接の執行官となるのかは、輪番制ではなく、執行予告もなく、執行の直前に知らせるらしい。

けど、誰にとっても突然ではないのだ。
無規則という規則の矢を放つのか…?
実際にはパソコンのソフトで決めているのか…? 小生には分からない。
サイコロ…?
じゃんけん…?
根拠なきの現実は、この類に依存するのが常。
彼の法王はトイレの中でも 「采の目」 を手にしていた。
要するに、これらはすべて、
「上手い嘘」
であり、皆はこの依存の類を知っていて、探している。
ここがポイント。
「嘘 ( 枠 ) だと知っている」
のだ。

加えて、執行官の倫理的道徳的な罪を散らしもしている。
前日に知らされたら、小生なら腹が痛くなって、そりゃもう刑務所には行かないから…、ネ。
そして何より、死刑囚の耳にでも入ったら、執行までの時間、そりぁもう…、小生には分からないけど、どちらにしろ、受ける者も執行する者も気分が良いわけがない。

両者とも死刑されるわけだ。
執行官も、ネ。
ここもポイント。
ついでに、予備と直接との間の分節化は途方もないほど多様であることを付け加えておく。

小生が死刑制度に反対であることは機会ある毎に主張している。
賛成だという人へ、東京地裁横の博物館が待ってるよ、いちど観てきたらいい。
ひよっとすれば、屁理屈は引っ込むかもしれない。

六法全書の印刷文字があるにしても、法治という虚構的一片性でしかない理念があるにしても、詭弁で誤魔化そうとも、人を殺せば人殺しに違いない。
子供でも分かることだ。
ここで更なるポイントを挙げれば、人殺しは、個人による人殺しでも、
「人殺しの制度」
この制度 ( 共同体 ) そのものに、そのものから、現れる。
いくら主体的に反省し、
「私が殺しました」
と、認めたとしても。
執行官と殺人者の区別などは無い。

制度は軽くとも徹底すれば容易に溶解する。
この容易は分節化、微分化に現れる。
ここもポイント。

直接執行の刑務官は三人?…後の人員もいるのですが…なだめ役の人とか、ネ…忘れました。
執行の後、執行官は手当として、
「三千円と小瓶の日本酒」 (現在の手当内容は知らない)
をもらい、その日はすぐに帰宅が許される。
多くは、酒も三千円も自宅には持って帰らず、街で消費するらしい。
酒を飲まない人はどうするのだろうか ?
ここらあたり、物語の始まりかな ?

それにしても、大変な仕事ですなァ。
小生にはできないことです。

あの東大も、凄い試験問題を出しますなァ。
流石ですなァ。
試験そのものの内容や出題の意図は、小生失念している。
御免。

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