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母入院、銭湯、懐かしい人 

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母が神戸の病院に入院しているころ、乳離れできないぼくは、毎日、仕事が終わると母が待つ病室へ戻る。
ソファーで眠って、朝はそこから出勤する。
そんな暮らしを半年間、それらを断続的に四回ほど、計二年間毎日やった。
自宅で付添婦を雇ってのそれも二年ほど、まあ、楽しくもあり苦しくもある忘れられない日々として現れる。
状況 ( 枠 ) は人 ( 意識 ) を変える、つくづくそう思う。

病院のころ、昼飯は会社だが、夜は付添食や買い弁当、風呂は病院近くの銭湯を使った。
銭湯はいつ行っても入浴客を見かけない不思議な場所だった。

ある夕方、相変わらず客のいない湯船にいい気分で浸っていると、二十人ほど、背なに刺青をいれた屈強な男たちが入ってきた。
圧倒的な眺めとはこのことで、心は戦闘準備、けど、実戦すれば阿呆に落ちるだろう。
男たちはみな寡黙で悠然としており、色白で妙にハンサム、背の刺青が湯気のなかで幻想的な雰囲気を醸している。
見ると、脱衣場では若い五人ほどの男たちが見張り番をしており、世間者(せけんもの) なら刷り込まれたコードのまま青くなって逃げだすだろう。

俯き加減で体を洗っていると、
「先輩」
と、太い声がかかった。
ズキッとしながら目をやる。
湯気の向こうから、男が笑いかけてくる。
見覚えのある顔。
その男の背中をふたりの若いのが石鹸タオルでごしごし洗ってる。
思いだした。
中学陸上部の二年後輩で、早く走れないと泣いてた子だった。
汗臭い部室の隅で、恥ずかしそうに小生のそばへ来ると、
「あそこにまだ毛がはえへん、大丈夫かな?」
と、真剣な面持ちで問いかけた子だった。
懐かしい顔が笑ってる。

風呂を出て、彼はぼくを誘った。
銭湯の隣が組事務所になっており、向かいの駐車場に停めてある車から、彼は紙袋を取り出すと、
「これ、お母さんに」
と押しつけた。
東尋坊の土産菓子のようだった。
湯船に浸かりながら話した母の入院を、気にしてくれたのだ。
「ありがとう」
遠慮なくいただいた。

病室でこっそり、母とふたりで食べた。


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