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あの人のおかげ。神戸の街で  

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神戸の山手通りの浜側。
ぼくが二十歳のころ、その街角に、
<再会>
という喫茶店があった。
黒く塗った板塀が洒落た感じで、あたりにどこか新しい雰囲気を漂わせている。
「いつか、あの店で、逢えたらいいね」
と、彼女がぽつりと言った。
「え ?」
僕は、彼女の横顔を見る。
奇麗な人だ。
右から見るのと、左から見るのと、それぞれ微妙に印象が違っている。
立ち姿も、すれ違う人が振り返えるほど。
悪い気はしない。
「なんでそんなこと言うの ?」
二つ年上の彼女に、ぼくはそんな風に言ったと記憶している。
彼女の言動は、突然の態度変更だった。
ずっと、仲良くやって行けると思ってた。
これからも、ずっと。
彼女のその時の表情、返事は思い出せない。

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その日、彼女は三の宮のフラワー通りにある、
<アーム・ストロング>
というレストランに案内してくれた。
憧れてはいたが、一度も入ったことのない店で、案の定、英国のサロンのようで、料理の金額に驚いた。
「私が支払うから、遠慮なくね」
彼女が微笑み、ぼくらはステーキを食べたが、味は覚えていない。
それが、最後だった。
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須磨の海岸へ行き、彼女は水着姿ではしゃいで、砂の上でダンス。
陽光の煌めきが彼女を包んでいる。

深夜の神戸港、夜景を見ていた時、港の男たちに冷やかされても、彼女は毅然としている。
「イラストを描くのが好きなの」
と、星空を見上げ楽しそうに言う。

大丸のデパート、婦人服売り場で、生地を仕立ててもらう彼女を、ぼくはベンチでじっと待っている。
雨が降り出し、彼女のセーターを頭から被り、ふたりは手を繋いで走る。

元町の喫茶店で、
「あなたは希望の道を歩むべきよ」
と、励ましてくれる。
夜の山手マリア教会へ忍び込み、すると牧師さんが小さな明かりをともしてくれ、彼女がお礼を言う。

映画を観にゆき、待ち時間に、「湖愁」のメロディーが流れ、
「私はロックパラードが好き」
とハミングする。

六甲のアーチェリー練習場へ行き、
「私も、弓をやりたい」
と、目を輝かせる。

楽しい思い出を、ありがとう。

学生になり、ぼくが兵庫港でバナナの検数アルバイトをしていると、新入りの学生が、
「哲学科はどうですか ?」
と、不意に、心配そうに聴いてきた、「勉強してますか ?」
「え ?」
ぼくは初対面の彼の顔を窺った。
なんでそんなことを訊くの、なんでそこまで知ってるの ?
凛とした奇麗な顔立ちの青年に、僕は何かを喋った、と思う。
おそらく、…熱く語った、と思う…。
「君の大学は ?」
訊くと、彼は少し躊躇してから、
「商船大学、もう来年は卒業ですが…」
その時の彼の表情は思い出せない。
彼が何者か訊き出せないまま、それで別れてしまい、彼はもうアルバイトに顔を出さなかった。

それから、数日たって、ぼくは思い出していた。
彼女が何かの折に、
「弟が商船大学に行っているの、制服姿が凛々しくて、弟とは思えないぐらい」
と、楽しそうに言っていたことを。

ありがとう、ありがとう。
ぼくは君を支えに、これまで生きてきた。
ありがとう。
ありがとう。

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